「お示し」の違和感

投稿者: | 2019年5月5日

 よく政治家が「お示し」と言う言葉を使っているのに違和感を感じるのですが、なぜだろうと考えました。

 『共生のための総合的対応策をお示しをするとともに、本改正法施行前には政省令事項を含む法制度の全体像を国会に報告をし、制度の全容をお示しいたします。』

 『自民党としては昨年の総選挙におきまして自衛隊明記を含む4項目について国民の皆さまにお示しをし、』

たぶん、普通に『総合的対応策を示すとともに』『制度の全容を提示いたします。』と言って欲しいところが、なんか全部「お示し」になってしまっているんですよね。

 他の言葉が使えるにも関わらず、「お示し」と言う馴染みのない言葉が多用されるのは非常に違和感です。美しい日本語と言うものは同じ言葉ばかりを繰り返し使うのは避けられるものかと思うのですが、表現としていかがなものかと言う感じです。

 しかも「お示し」がまったく馴染みがない。ひとつの「おしめし」と言う単語があるかのように、「おもてなし」とか「おねがい」とかと同じように認識しているのかも知れませんが、自分にはこういう認識がないのでそのズレに違和感を感じているのかもしれません。

「お示し」自体が敬語としておかしいと言う話もあるようですが、それよりも上記の「おしめし」の認識のズレが違和感の原因ではないかと思います。「お示し」と言う独自の言葉・概念が生まれてしまっていて、それが共有できないわけです。お役所言葉でカタカナ言葉が乱用されるのと似た感じです。おそらく政治家の間で「おしめしおしめし」言い合っている間に何かが生まれてしまっているんでしょうね。「お願い」に近い感じなんですかね。普通の日本語を使う人々とは乖離して行っているのにそれに気が付かずに使っているんでしょう。

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