バケモノの子 ~ 細田作品について

投稿者: | 2025年11月15日

 神隠しにあっていた男の子はバケモノの世界で成長して人間界に戻って来ました、その間どういうことがあったのかと言う冒険譚。

 冒頭、主人公が周りの人間に対して大嫌いだと激しく反発するが、そこまで激しい理由が分からない。

 主人公は異常に器用であるが理由は分からない。

 まれに母親の声が届くが理由が分からない。何か記憶があるのか、霊なのか、何の描写もない。

 人間には闇があって危険だと言うが闇が何なのか、どう危険なのか分からない。バケモノには闇がないと言うことになるがそういう描写もない。人間の闇がなぜそんなに危険なのかも分からない。

 主人公の心の闇が閉じられるが、その代わりに他の人の心の闇がクライシスを発生させる。闇が発生するぞと盛り上げた挙句、発生しなかった。しかし、クライシス発生と言うことで盛り上がって来て発生しないのはおかしいので発生させました、と言う感じの、筋の通らない悪夢のようになっていた。

 最初なんとなく「熊鉄」って刀みたいな名前だなぁと思っていたが最後刀になってしまう。これは伏線が回収されたとか言う話ではなく、物語の結論が安易に漏れ出ているだけの話で、本来であれば破天荒で強い名前だったのが、刀になったときに改め「熊鉄」となるべきなのではないだろうか。最初は刀なんか関係ない存在だったはずで、それなのに最初から暗示された名前を持っているのはおかしいだろう。

 アニメ映画って数時間の動画になんでもかんでも押し込めようとしがちでおさまりが悪くなる。この作品もバケモノ界の冒険がナレーションベースみたいになっていたり、人間界に戻る過程も駆け足で、父親への反応もただヒステリックにしか見えない。主人公が「なんでこんなこと言っちゃったんだ」的なことを言っていたが、視聴者にとっても「なんで」なのである。

 知的優秀さ、勉強への意欲のようなものが人間界に戻る理由となっているとか、バケモノ界での存在意義もその優秀さであり、ライバルの子供にも弱いときはひどい目にあわされて、強いやつとは仲良くすると言われて、強くなったら仲良くなったとか、能力評価に偏っているのだがこれで良いのかと思う。たぶん細田監督はそれで良いと思っているのだろうが。

 細田作品は、内容が思い出せないし、どういう話かも説明できない。サマーウォーズってどんな話だったっけ、みたいな。なので、バケモノの子は忘れないうちに書いておこうと思ったのだが、憶えている内に考えてみれば、「バケモノの子」は神隠しにあった子の冒険譚だった。しかし、誰もそういう風には説明していない。それはそういう風に見えるように作られてもいないから。本来は神隠しと言う事件があって、そこにはこんな物語があった、と言う作りにすることで、神隠しの物語として人々に覚えられるものだろう。しかし、バケモノの子はそのあたりの仕組みを意図的にか外してしまっている(たぶんラベル化を避けている?)ので、物語として明示されたフレームがなく、それは「こういう物語だ」と言語化できないと言うことで、印象がもやっとしてしまう。キャラクターもそれほど立ったものがないのも原因かも知れない。そうそう立ったキャラはできないと言っても、このレベルの興行ならあるべきものがない、という印象だ。

 

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